IT法務の基本⑨ IT訴訟

 トラブルが本格的な紛争となり、話し合いによっても解決できなければ、後は訴訟ということになります。IT訴訟の場合、専門的かつ複雑となるため、そこにかかる期間、費用、労力とも、通常の訴訟とは比較にならないものになるため、慎重な判断を要します。ただ、請求する立場にある側(原告となる側)としては、初めから訴訟を度外視すると交渉力を大きく損なうこと、実のない交渉を延々と続けるくらいであれば早期に訴訟に打って出た方が結果としてトータルの負担も小さくなることから、訴訟も選択肢として考えておく必要があります。
 裁判所(その他の紛争解決機関)での手続としては、他にも商事仲裁、少額訴訟、支払督促、即決和解、などがありますが、IT訴訟で用いられることは稀ですので、ここでは割愛します。また、訴訟の手続にはいろいろと例外もあり、進行も事案に応じてさまざまですが、以下では基本的な考え方のみ説明します。

IT訴訟 TOPICS (6)

裁判所の管轄

 裁判所の管轄には、まず土地についての管轄があります。デフォルトの管轄は、被告の住所地(企業であれば本店所在地)を管轄する裁判所となります。ただし、金銭の請求であれば、(持参払いが原則となることから)原告の住所地を管轄する裁判所、不法行為に基づく請求であれば、不法行為の地を管轄する裁判所、といった例外があります。また、契約書等で管轄の合意があれば、その裁判所が管轄となりますが、それが専属的合意管轄である場合、その裁判所のみに限られます。なお、管轄違いで提訴した場合であっても、被告が争わなければ、応訴管轄として有効となることがあります。
 次に、訴額(金銭であれば請求額)に応じた事物管轄があります。第一審については、訴額が140万円未満であれば簡易裁判所、140万円を超えれば地方裁判所となります。株主総会決議取消のように、価額を算定することができない請求の場合、常に地方裁判所の管轄となります。

訴訟と調停

 通常の訴訟は、裁判所による判決を求めるものです。訴訟が提起された場合、被告は事実上、訴訟から逃げることはできません。現実に出廷して応訴することを強制されるわけではありませんが、何も対応しなければいわゆる欠席裁判となって原告の言い分が全て認められてしまいます。これに対し、調停は当事者の話し合いにより紛争を解決するもので、裁判所による判決が下されるわけではありません。また、申立てがあっても、相手方が応じなければ不調に終わってしまいます。このように調停は、対立を先鋭化させない話し合いのメリットはあるものの、強制的な紛争解決を図れるわけではなく、IT事件での利用は限定的です。
 原告が提訴した本訴に対抗して、同じ手続内で関連する請求について被告が反訴を提起することがあります(例えば、代金返還の請求に対して残代金を請求するなど)。対立の激しいIT訴訟では、反訴が提起されることが比較的多いのが特徴です。原告の本訴提起が引き金となって被告の反訴を招き、結果被告が勝訴する、とったやぶ蛇となるケースもあるため、提訴に当たっては慎重な考慮が必要です。 

訴訟における書面

 提訴時に原告が請求内容やその理由を記載し、裁判所に提出するのが訴状です。訴状が裁判所での審査を経て被告に送達されると、訴訟が正式に係属することになります。被告が、第1回の口頭弁論期日までに、訴状に対する認否や自身の主張(反論)を記載して提出するのが答弁書です。もっとも、この時点の答弁書は(時間的な余裕がないため)原告の請求の棄却を求めるだけで、実質的な認否・反論はその後の準備書面に記載されることが通常です。
 その後、口頭弁論(公開法廷で行われる手続)又は弁論準備手続(非公開の別室で行われる手続)を繰り返し、原告と被告がそれぞれ、準備書面によって自身の主張や反論を展開していきます。事実関係についての記載は撤回が許されなくなるおそれがあるため、これらの書面は、事実関係を良く確認したうえで慎重に作成する必要があります。その間、裁判所は、次に述べる証拠調べの状況も勘案しながら、その訴訟の争点(訴訟の勝敗を左右する点)を整理していきます。

書証と検証

 書面による主張・反論と並行して行われるのが証拠調べです。その中で最も重要なのが、書証(文書の意味内容を証拠とするもので、図面、写真、録音テープ、ビデオテープ等もこれに準じます)です。契約書や注文書などの契約関連書類のほか、提案書、作業ドキュメント、報告書、近年では電子メールやビジネスチャット等による連絡文書の重要性も上がってきています。原則として、自身に有利な証拠は自ら提出する必要があるため、証拠の所在が訴訟の鍵を握ることも少なくありません。
 IT訴訟の場合、情報システムやウェブサイト等の実際の動作を確認するため、検証の手続が行われることもあります。例えば、立証したいシステムの動作(あるいは不具合)が明らかとなるシナリオを作成しておき、裁判官の面前でそれに沿ったオペレーションを行う、といったことです。同様の内容を通常の期日に事実上行ったり、第三者が別途行った結果報告を意見書(書証の位置づけ)の形で証拠化する、といったこともあります。

証人尋問

 書面による主張・反論と書証等による証拠調べにより、争点が明確になると、その争点に関して(だけではありませんが)証人尋問(当事者本人あるいは会社の代表者の場合は本人尋問)が行われます。効率的に行うため、あらかじめ尋問予定者の陳述書を提出しておき、尋問はこれを補完する形で行うのが通常です。
 原告(被告)側の証人が原告(被告)側の代理人の質問に答えるのが主尋問、これは事前の準備どおりに進めるのが通常ですので、滞りなく終えて当然、という評価となります。これに対し、相手方の代理人の質問に対して答えるのが反対尋問です。これは、主尋問での証言の信用性を突き崩す目的で行われるもので、かなり厳しい質問が来ます。これに耐えられれば主尋問での証言の信用性が高まり、十分な対応ができないと主尋問での証言の信用性が揺らぐ、ということで、この反対尋問が証人尋問の鍵となります。裁判官からの質問もありますが、どの程度突っ込んだ質問がなされるかは、裁判官によるようです。

判決と執行

 必要な審理がすべて終わると、判決となります。第一審(通常は地方裁判所)の判決に対して不服がある場合、控訴することができます。控訴提起がなされると、第一審の判決は確定を阻止され、控訴審(通常は高等裁判所)での審理に基づく判決に取って変わられます。なおも不服がある場合は上告(通常は最高裁判所)もできますが、これは事由が限られていることもあり、通常の民事事件がここまで行くことはほとんどありません。
 期間内に控訴等がなされない場合、判決は確定し、勝訴判決は債務名義となります。債務名義により、強制執行が可能となりますが、企業間の訴訟の多くは任意の履行がなされます。他方、個人相手の訴訟では、任意の履行はおろか財産の所在が明らかでなく強制執行も容易でないといった事態もあり得るため、(提訴前からの)注意を要します。なお、いずれの審級でも、判決前のある程度審理が進んだ段階(例えば、証人尋問の前後くらい)で、話し合いによる和解が試みられることがあります。和解が成立すると、その和解調書も債務名義となります。