プログラムの「リバース・エンジニアリング」(知財高判平22.4.27)

 事案  原告は、外国為替証拠金取引の取引用ソフトウェア上で動作するストラテジー(投資戦略)を自動実行する、本件プログラムを開発、販売していた。原告の元役員と取引関係にあったプログラマーである被告は、原告から本件プログラムの改修を依頼された際に開示されたソースコードを基に、取引結果を検証するための新プログラムを作成した。ただし、新プログラムは第三者には頒布されていない。
 原告は、被告による新プログラム作成は、原告の本件プログラムについての複製権・翻案権を侵害するものであるとして、不法行為に基づく損害賠償金2500万円(総額1億7000万円余の内金)を求めて提訴した。ここで被告は、「著作権法では、著作物たるプログラムの内容について、その構成とか、盛り込まれた機能を研究する行為については何ら規制されていない。また、コンピュータプログラムは技術の結晶であり、この点において特許法や半導体集積回路の回路配置に関する法律の対象と変わりはなく、研究・分析のためにリバース・エンジニアリングをすることは違法とは評価されない。そこで、複製物・翻案物を外部の第三者に譲渡したり、研究・評価のために必要な限度を超えて多数の複製物を作成するなどした場合を除いて、リバース・エンジニアリングは違法とならないものと解すべきである。」というリバース・エンジニアリングの抗弁を展開した。第一審では被告が勝訴したので、原告が控訴した。

 判旨  控訴審は、第一審と同様、被告による本件プログラムの複製・翻案の事実は認定した。しかし、被告によるリバース・エンジニアリングの抗弁そのものについての判断は控えながらも、原告自身が被告に本件プログラムのソースコードを開示したこと、新プログラムは本件プログラムに被告自身の別プログラムを取り入れることにより作成されたものであること、といった事情のほか、次のように述べて原告の請求を棄却した。すなわち、「被告プログラムは、各トレードごとの成績を個別に検証し、適切なパラメータを設定することによって、より多くの利益を獲得できるプログラムにする目的で作成したものであって、販売目的で作成されたものではなかったことが認められる。これらの事情を総合考慮すると、被告プログラムが本件プログラム1及び2の複製物、翻案物であると評価されたとしても、原告に財産的又は非財産的損害が発生したものということは到底できない。」と損害の発生を否定した。
 なお、実際の訴訟では新プログラムの頒布の点についても、原告の元役員が共同被告として訴えられているが、これは棄却されている(詳細は割愛)。

 コメント  他人の製品を解析するリバース・エンジニアリングは、特許法や半導体集積回路配置法のような技術の積上げが前提にある産業財産権の分野では認められています。これに対し、表現を保護する著作権法においては、もともと解析を要せずに表現を感得できるはずであることから、特にこれを認める規定はありません。ただ、プログラム(オブジェクトコード)については、技術の積上げという点で共通し、解析なしに技術を理解することは困難であることから、一定の(特に互換性確保のための)リバース・エンジニアリングについては、その解析過程に複製・翻案が介在したとしても、権利侵害と見るべきでないという見解が有力です。
 もっとも、本件ではリバース・エンジニアリングの抗弁が出されていたものの、問題となった行為は典型的なリバース・エンジニアリングとはかなり態様を異にするものでした。すなわち、「研究・分析のため」といっても、それは対象製品に化体された技術を理解するのではなく、別途のパラメータ検証のために対象製品を利用したものです。また、解析の過程で複製・翻案が介在したのではなく、検証プログラムを作成するために既に開示されているソースコードの複製・翻案を行ったというものです。
 おそらく、控訴審がリバース・エンジニアリングの抗弁に直接に応答せず、損害の発生がないことを理由にしたのは、以上のような事案の特殊性によるものと思われます。この理由付けからすれば、対象製品のリバース・エンジニアリングによって新製品を開発し、対象製品の市場を奪って損害を発生させたような場合は、侵害と認められる余地があることになります。もともとリバース・エンジニアリングは、その目的や態様に相当の幅があるものです。本件からは、裁判所はそれらに応じた個別的な判断を行う姿勢にあることが見て取れます。